学校の働き方改革「10の提言と50の具体策」

持続可能な学校をつくるための具体的な提案

【コラム5】いじめ対策の盲点は「防止」ができていないこと

「いじめ防止対策推進法」の中に教員の懲戒処分を含めるかどうかが議論されています。

 

『【#しんどい君へ】揺れる「いじめ防止法」…放置した教職員を懲戒すべきなのか』(読売新聞オンライン)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190820-00010002-yomt-soci
 

私は、一連の議論を目にして、違和感を感じるのは、「いじめを未然に防ぐシステム」ができていない中で、事後対策を強化しても、傷つく子どもが発生することは防げないということです。「いじめ防止」と言いながら、「防止」になっていません


現在、いじめ対策にどのような予算がつけられているかというと、スクールカウンセラー(SC)、スクールソーシャルワーカー(SSW)などの配置です。これらの配置はとてもありがたいのですが、SC、SSWが登場する頃にはいじめは相当深刻化しています。
トラブルは、生じてから対応するとコストが大きくかかります。対応が遅れれば遅れるほど被害が拡大し、子どもは傷つき、解決までの時間は長く、教員も疲弊します。
大切なのは、まず生じないようにすることと、できるだけ小さいうちから対処することです。つまりSC、SSWに使う支出を、「いじめが発生しにくい環境をつくること」「いじめの芽をできるだけ小さいうちに摘み取ること」に回した方が、子どもも傷つかず、教員も疲弊せず、コストも少なくてすむということになります。


まず「いじめが発生しにくい環境をつくること」について説明します。
以前、荻上チキさんの講演を聞いた時に印象に残ったのが、「高校生に『いじめを増やす方法』を考えさせた」というものです。「何でも禁止にする」「宿題を増やす」「先生が怒ってばかりいる」「先生が見て見ぬふりをする」などの意見が出たそうです。一見いじめとはつながりにくくても子どもたちにストレスを与え、間接的にいじめを増やす原因になりかねないことを学校は数多くやっています。
「いじめ」が命にかかわる重大な事項であると本当に認識されているなら、学校環境の改善、とりわけ教員の業務削減と子どもへの指導内容の精選も課題にされるべきでしょう。その部分は手をつけずに事後対策だけを強化するのは「アクセルを目一杯踏みながら、ブレーキをかける」愚策です。道徳の教育の充実、頻繁ないじめ調査なども同様です。
肥大した学習指導要領、40人学級、一斉授業など、一人一人に目を行き届かせることが困難な制度が、いじめの温床となっているとするならば、文部科学省がいじめを増やしている」という自覚のもとで、施策を見直してほしいです。


次に「いじめの芽をできるだけ小さいうちに摘み取ること」について説明します。
現在は、いじめの発見は担任を中心とする教員の役割になっています。「いじめアンケート」をすればいいと考える人もいますが、学級の「空気」の中で正直に書けない子もいます。休み時間に一人で過ごしているのはいじめられている子の発するサインですが、その時には手遅れになっていることもあります。一人でいる姿を気づかれないように行動する子さえいます。隠されたいじめを早期に発見するには教員の「空間認知能力」が必要です。教室に入って、子どもたちの動きを全体的に把握しながら、「クスッと笑う」「ヒソヒソ話す」「目配せをする」などの微妙な動き、「隣の子と机を離す」「すれ違う時避ける」「触れたところを払う」「給食を受け取らない」など明らかな動きまで、いじめのサインを捉えなければいけません。
しかし、教員は常に複数のタスクを抱えています。
『算数の計算方法を教えながら、私語をする子に声がけをし、勉強が苦手な子にヒントを与えながらも、いじめのサインを捉えるアンテナを張り、何か引っかかったら優先順位を入れ替え、授業を中断して指導する。』
教員に求められているのはこういう能力です。私は同時のタスクが重なると視野が狭く=空間認知能力が低下します。それでも、痛い目に何度もあいながら、見逃してはいけないサインが分かるようになってきましたが、いじめをする子どもたちの狡猾さにはなかなか勝てませんでした。
現在、ベテランの大量退職に伴い、若手の教員が増えています。現在の50代の大量のベテランが学校を支えてきたこの20年の間に、教員のタスクは増加し高度化し続けました。次々とふりかかる難課題を、中堅ーベテランが長時間労働によって「やりとげる」ことで、予算も人も着きませんでした。20年前の若手と、今の若手では求められるレベルが違いすぎます。この現状で、いじめ発見を教員の役割にするのはあまりにも酷です。
今の学校には子どもたちを見守る多くの「目」が必要です。いじめ抑制・早期発見の策はこれに尽きます。本来なら、国が大きな予算をつけて教員を増やせばいいのですが、今、教員自身が足りないので、「職員室に席を作っても座る人がいない」状態です。また、教育にお金をかけようとしない国が動き出すのを待っていては、何年後になるか分かりません。
私は、地域の方がボランティアで子どもたちの登下校を見守る「見守り隊」と同じように、学校の中で子どもの様子を見守る「校内見守り隊」を作ることが解決策になると考えています。

これについては次回【具体策12】で詳細を述べますが、ここでは最小限の説明をします。構成員は、地域のボランティア、保護者、民生委員、警察官、消防士、市役所・町村役場の職員などが考えられます。教育の専門家でなくてもよいです。複数タスクで空間認知能力の低下した教員よりもアンテナの感度は期待できます。子どもたちへの指導は基本的にしません。「校内見守り隊」が「いじめは許さない!」というオーラを出して学校の中を回る「監視隊」になると子どもたちのストレスが増加しますので、基本、子どもたちと仲よく過ごす姿勢を想定します。発見したいじめのサインはSCに繋ぐのが妥当と思います。SCは基本的に校内の見回りを行なっていますから、そのサポート役と考えればよいでしょう。教員に繋いでもいいですが、多忙による対応の遅れや隠蔽が心配です。詳細は次回【具体策12】で。


最後に「いじめ防止対策推進法」への懲戒処分の導入についてですが、私はこうやって何でも法律で締めつけることによって、社会全体が息苦しくなっている現状を危惧しています。もしも、懲戒処分が導入されたら、教員は小さなトラブルも全て管理職に報告するようになるでしょう。報告した時点で、責任は管理職に移り、教員本人の懲戒処分はなくなります。後は、教員がいじめの経過を文書で管理職に報告し続けることで「学校は認識していた」という証拠が残ります。教員や学校による放置はなくなるでしょうが、教員が自分を守るための仕事が増えます。それよりも、多くの目で子どもたちを見守り、社会全体で子どもたちを育てる体制を作る方向に世の中が進んでほしいと思います。

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