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持続可能な学校をつくるための具体的な提案

【ポストコロナの学校改革14】多様性と向き合う②大量の学習内容と多様性の両立

前回のブログでは、学校が「多様性」と向き合った時に壁になるであろう3点を提示しました。
 
(1)大量の学習内容と多様性の両立
(2)問題行動や不適応と多様性の境界
(3)教員の多様性
 
今回は(1)について述べます。
学習指導要領には、大量の内容が示されています。どれも大切なことばかりですが、もしこの指導が完璧に成功したとすると、「画一化」された人間が大量に生産されることになり「多様性」と逆ベクトルです。
今、コロナ禍の中で、「感染防止」と「経済の活性化」が二律背反のように私たちを苦しめているように、大量の学習内容と多様性そのものが相入れません。
もう少し具体的に説明しましょう。例えば、学習場面で、静かに自分との対話の中で考えたい子がいる一方で、会話をしながら発想を広げたい子がいたとします。どちらも間違っていませんが同居できません。これまでの画一的な学級では、教員が「では、この時間は静かに考え、その後に話し合う時間を取ります」などの仕切りをして解決してきました。これは多様性を尊重しているのではなく、納まりのよい画一的な型に当てはめただけです。
多様性を尊重するということは、個人の意志(時にわがまま)を何でも認めるということではありません。お互いの意志を分かり合いながら、折り合いをつけていく過程そのものが多様性の尊重です。静かに学習したい子と会話をしたい子の対話の中で、例えば時間を区切るとか場所を分けるなどの適正解を求めていく過程が重要です。今の学校教育で最も欠落している部分です。欠落した理由は「時間がない」です。
「多数決」は民主的な方法ですが、多様性も尊重するならば、少数意見の声にも耳を傾け、少なくとも少数派が精神的な苦痛を受けないようにする配慮が必要になります。学級会で「お楽しみ会に何をしますか」と議題になった時に、ドッジボールをやりたいと30人が手を挙げ、クイズをやりたいと10人が手を挙げた時に、多数決と言ってドッジボールにしてしまえば話し合いは20分で終わります。しかし、クイズ派の中に飛んでくるボールが怖くて耐えられないという子がいた時に「じゃあどうしようか」となると、1時間を超える場合もあるでしょう。
しかも、学校生活全体の中で、多くの子どもたちが多様性を認め合いながら共存するためには、大量の課題解決が必要になります。それだけの時間を確保する「覚悟」があるかどうかです。
 
改めて、指導要領の大量の学習内容が大きな壁になります。しかも、教員の中には、この大量の学習指導要領を教え、学力をつけることこそが「自分たちの使命」であるという強固な信念があります。コロナ休校後に、日本全国の学校が遅れた学習を取り戻すために土曜授業、7時間目、夏休みの短縮を敢行した様子を見れば、大量の学習内容を「削る」「減らす」ことが容易ではないことは想像に難くありません。
 
学習指導要領の内容を減らせない要因の一つに義務教育の出口にある高校入試があります。しかし、私はここを機軸にして地殻変動が起こるのではないかとも予想しています。
今後、入試で必要な力と社会に出て必要な力はどんどん乖離していきます。しかし、入試は客観性が前提になる以上、知識・技能から抜け出ようがありません(私学の一部で活用力を測定しようという試みもありますが公立では反発が大きいことは昨年の大学入試改革が失敗した経緯を見れば明らかです)。知識・技能はタブレットによる反復学習で、時間と根性さえあれば鍛えられます。「Aさんは偏差値の高い高校に行ったけど、本当に社会で力を発揮できそうなのは、偏差値の低い学校に行ったBさんだ」というようなミスマッチが当たり前になると、受験は「通過儀礼」の一つになります。
ここで小中学校は、現行通り入試を見据えた指導を行うのか、活用力にシフトしていくのかという選択が求められます。私の予想では、「学校では活用力への移行」「家庭学習で知識・技能の定着(タブレットの機能を使って)」という棲み分けが進みます。知識・技能の定着が学校から切り分けられると、その浮いた部分を「対話」に振り分けられます。多様性を認めることによって生じる学校生活の課題解決は、活用力そのものです。学校教育には標準授業時数が設定されていますが、各教科の時数を1割ほど減らして、全て「特別活動」に投入すれば、高学年と中学校で年間140時間の対話の時間が確保できます。これはカリキュラム編成権をもつ校長の判断で可能です(行政はいい顔をしないと思いますが)。概ね週3〜4時間、リアルな学校生活の課題解決に時間を割けば、学校の中での多様性を保障できるでしょう。ただし、子どもの主体性からは程遠い従来型の学校行事は全て止めるという決断も必要です。
 
さらに、もし、本気で学校に多様性を導入するというのであれば、学習する内容を子どもたちが選べるようにする「選択制」を導入するという方法があります。
実は、この制度はすでに認められていると言っても過言ではありません。2016年に「不登校は問題行動ではない」という見解を文部科学省が出した時点で、子どもには学校に行かない選択は公に認められています。また、リモートでの学習も出席要件になっている状況を鑑みれば、すでに、何を勉強するかは子どもたちが選べる時代に足を踏み入れつつあります。
そもそも多様性を認めようという段階で、子どもたちに学ぶ選択が与えられないということ自体が矛盾しています。
「算数は家でタブレットで勉強しますから授業は受けません」
「社会科は、大人になってから勉強します」
「体育のマットや鉄棒はやりますが、人と競うのは苦手なのでサッカーやドッジボールはしません」
「ピアノを習っているので音楽はやらなくても大丈夫です」
もしこのような子どもの提案があった場合、それを止めるだけの根拠は学校にはありません。
授業に出ない時間は、図書室や共有スペースで他の授業の邪魔にならないように過ごせばいいです。
「今日は学校で勉強しよう」「明日は雨だから家でリモートで勉強しよう」という選択も考えられます。今後、タブレットで使用できる様々な教育コンテンツが開発され、個々に合わせたタイミングで学べる環境が充実していくことで、一斉授業からの離脱が進みます。
おそらく多くの子は、最初はすべての教科を選択するでしょうが「蟻の一穴」で音を立てて崩壊するでしょう。これはこれまで教室を支配していた同調圧力からの決別という一大事です。
大混乱も予想されますが、子どもたちひとり一人が自立していけば、自由で過ごしやすい環境になるのではないかという期待もできます。
 
もちろんこのような改革への反発は並大抵のものではないでしょう。時間短縮と効率化の中で最大の成果を出すことに特化してきた日本人には受け入れがたいと思います。「わがままな人間ばかり育つのではないか」と猛反対する声が日本中から起こるでしょう。
「何も勉強しません」という子もいるでしょう。そこで親子の対話に十分な時間をかけるだけの体力がない保護者も少なくありません。集団で授業をエスケープして繁華街に繰り出す中学生がいるかもしれません。公務員を減らし続けてきた日本には、突発的に起こった多種多様な問題を解決できるだけの人員が足りていません(これはコロナで顕在化しました)。
誰より、この進化を邪魔するのはおそらく教員です。子どもたちに知識を詰め込むことで存在価値を示してきた立場が揺らぐと、その先にあるのは給与削減や解雇だからです。(今のところ公務員には制度上リストラはありませんが、企業で終身雇用が見直されていくとこの先はどうなるか分かりません。)
ただ、極度の制度疲労を起こし、補強、補強で「やっと立っている」状態の学校が、多様性を求める社会の圧力に耐え続けられるわけはないと思います。大転換への覚悟が必要ではないでしょうか。
 
最後に余談になりますが、大量の学習内容に一言。中央公論202010月号では、文部科学省の合田哲雄さん(科学技術・学術総括官)が、現行の学習指導要領について「カリキュラム・オーバーロード(過積載)」と表現し「開かれた場で議論する必要」があると述べました。合田さんは、現行学習指導要領が作成された当時の初等中等教育過程課長で、小学校に英語とプログラミングを入れた張本人です。当時、富山県職員組合では、パブリックコメントで、学習内容を減らさずに英語の35時間を付加することに反対のコメントを相当数送りました(確認はしていませんが数百送ったと思います)。議論のチャンスはあったのに「一意見」で納められました。その後、合田さんは、財務課長となりましたが、小学校の英語を英語専科で行うだけの人員加配をしませんでした。一課長の裁量でできる範囲は極めて小さいことは理解しますが、こういう矛盾が、多様性一つとっても現場の改革の足かせになっていることを、文部科学省は認識してほしいです。
 

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