学校の働き方改革「10の提言と50の具体策」

持続可能な学校をつくるための具体的な提案

【ポストコロナの学校改革⑤】学校の働き方改革と子どもの学びの両立を

前回、「空気」(同調圧力)による子どもの統率が様々な歪みを生じさせているという指摘をしました。
その中で、世田谷区桜丘中学校の西郷孝彦校長の事例を少し紹介しました。西郷校長は、校則をなくし、社会のルールを学校に当てはめました。つまり、友達に怪我をさせたり、ネットに友達の不本意な写真をアップしたりしたら、警察に取り調べられるということです。結果的に、子どもたちが自分で判断して行動する学校になっています。
このように、一定の線を引き、それを超えたら厳罰で対応する指導法を「ゼロトレランス」と言います。
 
幼少時から日米間を行き来しながら生活しておられる織井弥生さんのコラム「子どもの可能性を引き出す アメリカ最新教育事情」(2009〜2014)が学研のウエブサイトで紹介されています。この中でアメリカの学校における問題行動への対応が紹介されています。
 
『小学校低学年では、教師の指示に従わなかった子どもは、教室の隅に置かれた「タイムアウトの椅子」に座らされ、教師が再び席に戻ることを許可するまで、授業に参加することはできません。』
キンダーガーテン(日本の幼稚園年長に相当)では、3回注意されるまでは許容範囲ですが、それを越えると保護者に連絡が来るという決まりがあります。小1では、教師から注意をされる許容範囲が1回のみと、俄然厳しくなります。2回目の注意を受けた時点で、保護者に「今日、お子さんは○○の言動により、注意を2回受けたことを報告します。家庭でよくお子さんと話し合ってください」という内容のメモが発行され、保護者はその報告を確かに受けた旨のサインをし、翌日、教師に提出します。小学校中学年以降では、学校に居残りを言い渡され、説教されたり、反省文を書かされたりすることも珍しくありません。同様の問題が何回か続く場合は、保護者と教師との間で話し合いが持たれます。保護者は、問題となる行為について子どもと話し合い、家庭でしっかりと指導することを求められます。それでも解決しない場合は、校長と保護者とが面談をし、最悪の場合は退学を言い渡されます。』
 
文部科学省のHPではゼロトレランスは「学校規律の違反行為に対するペナルティーの適用を基準化し、これを厳格に適用することで学校規律の維持を図ろうとする考え方」と説明されています。この措置によって、アメリカは学級崩壊や校内暴力とは無縁のようです。
ただし問題もあります。二宮皓さんは「新版 世界の学校」(学事出版 2014)の中で、このような厳格な指導が「結果的に中退する生徒が増える状況に対する批判もある」としています。本書によれば、アメリカに限らず、様々な国でドロップアウトによる犯罪予備軍やひきこもりの増加が大きな問題になっています。ゼロトレランスは教育によってこそ救わなければいけない人を切り捨ててしまう側面があります。また二宮さんは、アメリカでも、いじめは大きな問題となっていると指摘しています。「12歳から18歳までの約28%がいじめを経験している(連邦政府による2009年の調査より)。」「いじめに対する法的措置は学区に委ねられており、他の問題行動と同様の処分(指導、停学、転学措置等)の対象となることが多いようである。」とあります。いじめに対してもゼロトレランスで対応しながらも、発生を抑えられない実態が伺えます。
ゼロトレランスは、日本でも一時期、文部科学省によって推進されようとしましたが、それほど定着しませんでした。まだ未成熟な段階にある子どもの人格を否定し、心理的な外傷を与えるというデメリットに対して教員が躊躇したためだと思います。「出席停止」も一種のゼロトレランスですが、「子どものために」封印してきたという経緯もあります。
 
ではどうすればよいのでしょう。
丸腰のままありったけの「空気」を発揮して子どもたちを統制するのか。
一定の線引きをして断罪するのか。
 
私の考えは「両方」です。ただし、ゼロトレランスの部分は教員ではないスタッフが行います。
かなり具体的な提案になりますが、子どもたちの問題行動に対応する専門スタッフチームを設置することで、学校が抱えている様々な困難が緩和されることが期待できます。もっと言えば、学校の働き方改革と子どもたちの学びを両立させることができます。
 
ここまでで述べてきたように、そもそもの学校制度にはここまでひどい問題行動対応、保護者対応は想定されていません。これらの問題は、程度によっては外部(警察、教育委員会、弁護士など)に任されてもいいものです。しかし学校は信頼回復、信頼確立のためにこれらの業務を抱え込みました。教員自身にも「これは教員の役割」という責任感で対応してきました。
学校が抱え込むため、問題が過小評価され、対策がしっかりとなされません。わずかにスクールカウンセラー(SC)、 スクールソーシャルワーカー(SSW)が配置されただけ。それも、週4回4時間ずつとか月1回4時間とかでは、とても問題行動に対応できるだけの数ではありません。
結果として、教員が疲弊し、子どもたちの判断力も育たず、安心・安全な学校にもならないという、かなり残念な状態です。
 
先ほど私が提起した子どもたちの問題行動に対応する専門スタッフチームについては先行事例がすでにあります。
しかも政府から公表されています。
文部科学省ではありません。総務省が発出した「学校における専門スタッフ等の活用に関する調査」(R2年5月)という最新の報告書です。
簡単に言えば、総務省文部科学省に対して「SC、SSWの予算をつけているのに十分活用されていない。課題を整理して解決策を検討するように」と求めたものです。
そして、文部科学省より先回りして「こんな事例があるので参考にするように」と提示してるのです。
全123ページのかなりのボリュームですが、その中の23ページに「子ども応援委員会」という事例があります。
概要を示します。
 
SC、SSWなど複数の専門スタッフで構成されるチームを学校に配置している事例
・市教委が、米国のSC制度を視察した市長から提案を受け、「子ども応援委員会」を設置。
・子ども応援委員会は、SC、SSW、スクールアドバイザー(SA)、スクールポリス(SP)で構成。市を11地区に分け、その中の1中学校に配置。
SAには、①地域活動・ボランティア活動などの分野で活動した実績、②民間企業等における顧客相談業務等に従事した経験、③小・中学校における教職員として勤務した経験を有する者を、SPには、①地域活動・警察官としての勤務経験があり、学校が行う教育活動を理解し、児童生徒の指導に熱意のある者、②学校教育に携わるのに適した者を採用。
・それぞれの採用数と役割は次の通り
SC(84人)
①心理教育等の観点に基づく、授業等の学校生活全般への援助
②児童生徒に対する相談・カウンセリング 
③保護者や教職員からの相談への対応 等
SSW(20人)
①課題を抱える児童生徒が置かれている環境への働きかけ
関係機関等とのネットワークの構築、連携・調整
③保護者、教職員等に対する支援・相談対応・情報提供 等
SA(11人)
①学校との連携を図りながら、必要に応じた家庭・地域との連絡調整
②学校が受けた外部からの意見や要求・苦情等の対応 等
SP(11人)
①校内外における見回り活動
②学校で、犯罪行為と認められる可能性のある事案が発生した場合の所轄警察署等との連携
③保護者、教職員等に対する支援・相談対応・情報提供 等
 
以上が概要です。
まず、この市に勤務している教職員は、これだけの専門スタッフがいることを心強く思うことでしょう。
校内を警察OBのSPが見回りをするのです。子どもたちの中にも一定の緊張感が生まれるでしょう。これは学校が「治外法権」ではなくなることを意味します。小学校で「靴隠し」はよくあるいたずらですが、これが犯罪になるかもしれないということです。人を殴るような暴力行為は明らかに犯罪ですから、警察が学校に入ることになります。学校の常識を社会の常識に合わせたゼロトレランスです。ただし前述のアメリカの教室のような、「教員ー子ども」間の厳罰ではなく、他のスタッフがそれを行うことがポイントです。子どものと教員との信頼関係を基盤とする日本の教育の中で、教員が子どもを断罪することはマイナスが大きいです。
また問題行動の中には、それが本人の悪気ではなく、発達障害によるものであることが多々あります。家庭の事情が行動に影響していることもあります。それに対してはSCやSSWが対応してくれるためゼロトレランスとはいえサポート体制がしっかりしています。
 
もちろん普段の教育に関しては、「空気」である程度統制していくこともやむを得ませんが、一定線があることによって自分で判断させる余裕が生まれます。例えば、私語に対して「しゃべるな」「迷惑だ」「みんな静かにしているぞ」ではなく「それでいいと思うか考えてごらん」と言えばいいです。考えた末にまだ私語をするのであれば、専門スタッフとの面談の中で、また考えればよいのです。多くの子は、私語を続けるという判断はしないと思います。
何より、教員も子どもたちも安心して学習に打ちこめる環境は何にも変えがたいです。
 
この「子ども応援委員会」の実績が数値で示されています。H29年度の児童生徒の相談件数は3,113で、問題が解消したのが704件、軽減したのが1,546件、変化なしが863件で解消率は72.3%とのことです。
3113件の対応が教員から切り離された効果は相当であったと思います。また、忙しい教員よりも子どもたちに向き合える専門スタッフの方がよりよい指導ができると思います。(「変化なし」の863件が気になるところではありますが。)
また報告の中には教員に対するアンケート結果も示されています。「子ども応援委員会が設置されていると仕事に余裕ができる」という問いに「強くそう思う」が36.9%、「ある程度そう思う」が41.3%で、8割近くが効果を認めています。質問の「仕事に余裕ができる」の意味は、時間的な余裕だけでなく、「何か問題が生じても任せられる」という心理的な余裕もあるに違いありません。
ここまでのブログで繰り返し、「教員が教科指導と生徒指導を同時に行うアクロバットをしている」と指摘してきましたが、子どもへの対応の中で、特に異質なのが、警察官のように取り調べ、裁判官のように判決する業務です。そのための時間は休み時間の15分だけと言うようなことも多々あります。子どもたちと信頼関係で結びつくことが求められている中で、子どもたちを疑い、断罪しなければならず、場合によってはそこで信頼関係が断ち切れてしまうこともあります。アクロバットの中でも、難易度が高く、繊細さが求められます。そこに保護者からのクレームが発生しようものなら、誰もが心折れそうになります。「警察官」と「裁判官」を教員業務から切り離した、この施策はすばらしいと思います。
もう一点、スタッフに教員免許がなくてもよいというのも大きなポイントです。現在教員志願者が減っている中で、教員免許の絶対数が足りない状況になっています。残念ながら、今30人学級が実現しても、各学校に配置される教員数は変わらず、クラス数だけが増えるということになりかねません。クラス数が増えれば授業コマ数は増えるわけですから、かえって負担増になる可能性もあります。つまり、今、学校の人員を増やすのであれば、教員免許がなくてもできるスタッフを増やすのが効果的なのです。この施策はそういう意味でも今の学校のニーズに合致しています。
ただ、市にとっては相当の投資であっただろうことは間違いありません。財源は「国庫補助事業を活用」とありましたが、市独自の持ち出しもかなりあったのではないかと推察します。市の判断に敬意を表します。
国の制度になれば最もよいのですが、スピード感をもって行われるほど、国は教育に熱心ではありません。自治体に財源がない場合は、地元のボランティア、輪番の保護者、教員OB、警察官、消防士などがチームで校内を回り、子どもたちへの声がけ、問題行動の発見(発見した場合はSC、SSWへ報告)をするだけでも一定の効果があると思います。登下校の「見守り隊」の校内バージョンです。警察官や消防士が校内を回ると聞くとドキッとするかもしれませんが、学校の構造を確認したり、子どもたちと顔が繋がっていたりすれば有事の際の大きなアドバンテージになるはずです。
ちなみにこのチームの取りまとめや連絡・調整をするのは教員の役割ではない(この場合は行政の役割である)ことが中央教育審議会で確認されています。
 
今回は、専門スタッフチームの設置というかなり大胆な提案をしました。先行事例があるとはいえ、すぐにこれらのとりくみが一般化するというのは難しい事は承知しています。
ただ、今、様々な学校改革の方法が取られている中で、「秩序維持の脆弱性」「教員に求められるオールラウンド性」といった学校のボトルネックに対応すれば学校は「誰にとってもよくなる」ということは言えると思います。
学校の働き方改革と子どもたちの学びを同時にクリアしていくという視点でこれからも考えていきます。

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