学校の働き方改革「10の提言と50の具体策」

持続可能な学校をつくるための具体的な提案

【コラム4】平成の教育を多忙にした犯人は

地元の新聞社から取材がありました。
「平成を振り返って、学校の多忙はどのように進んだのですか?」
私は平成元年に教員になっていますから、まさに多忙化の過程を歩んできました。
しかし、どこに多忙の根源があったかというのはなかなか見えないものです。まさに「茹でガエル」(熱湯にカエルを入れると飛び出すが、少しずつ加熱していくと飛び出さず死んでしまう)のようにジワジワと苦しめられてきたように思います。
多くの人は「給特法」を多忙の原因として取り上げるのではないかと思いますが、私は、平成19年の学校教育法改正による「学校評価」の義務化が致命的だったと思います。当時は、「また仕事が増えたか」くらいにしか思っていませんでしたが、今思えば深い部分で学校と保護者の意識を変質させました。

ちょうどその頃は、社会全体に「説明責任」を問う風潮が高まっていました。学校もその例にもれず、税金で運営した成果を公表すべきと学校教育法が改正がされ、学校教育法施行規則に
・学校の自己評価の実施・公表
・保護者など学校関係者による評価の実施・公表
・それらの評価結果の設置者への報告
を行うことが示されました。例えば、保護者向けのアンケートに「学校は子どもたちに分かりやすく勉強を教えていますか」、子ども向けのアンケートに「先生は子どもの相談にのってくれますか」などの質問をし、集計し、公表するというものです。
これによって、保護者は学校と共に子どもたちを育てる「パートナー」から「カスタマー(顧客)」に立場を変えていきました。「モンスターペアレント」が流行語になったのも同時期です。多くの保護者は「モンスターペアレントなんて許せない」「自分はモンスターペアレントにはならない」と言っていましたが、過剰な要求はしないまでも、「顧客意識」は確実に浸透しました。

これは、学校に限らず社会全体に広がった意識です。病院の掲示板には数十枚の「患者様の声」とそれに対する回答の紙が貼られました。「柿の種」の袋には「辛さには個人差があります。辛味が苦手な方やお子様は十分にご注意ください」と書かれています。
この流れの中で学校自身も「サービス業」に意識を変えました。管理職は「説明責任」の名の下で、保護者の要求に応えるための業務を次々と増やしました。
「もっと宿題を出してほしい」「もっと部活動をやってほしい」「朝早く登校させてほしい」という要求は、家庭での養育時間を短縮し、学校の長時間労働を助長しました。
「親の言うことは聞かないので、先生からもっと勉強するように言ってください」
「近所の子の自転車の乗り方が危ないのですが、学校で指導しないのですか」
「家に遊びに来た子が、勝手に冷蔵庫を開けて困ります」
ごく普通の保護者が悪気もなく当たり前に学校に相談をもちかけます。
そして、そのような要求があった時に、学校は(私もそうでしたが)「承知しました」とその要求に応えました。「それって学校の仕事か?」と多少の疑問をもちながらも、その方が、面倒なく、手っ取り早く問題解決ができるからです。「いや、それは学校ではなくてご家庭で指導してください」という説得は時間がかかるだけでなく、下手をすれば大きなクレームを発生させかねません。また、当時の管理職の中には、保護者の要求に先回りして様々なサービスを提供することで高い評価を受けた人も少なくありませんでした。単に仕事が増えただけでなく、クレーム対応、クレーム予防のような「疲弊する業務」が増えました。そして、学校が要求を受ければ受けるほど、保護者の教育力は低下し、ついには親同士のトラブルまで、学校が仲介しなければいけないほどです。
今、学校の働き方改革の風が吹いています。学校の窮状がマスコミで繰り返し伝えられ、学校の改革の必要性に保護者は理解を示しつつあります。しかし、このチャンスに、学校側が萎縮して削減や改善を口に出せなくなっています。度重なるクレーム対応が集団的な「トラウマ」になって、意見を言うことにブレーキをかけているように思えます。

もちろん、多忙の原因は他にもたくさんあります。「全国学力・学習状況調査による学力向上ブーム」「絶対評価の導入」「教員免許更新制度」「夏休みの承認研修の実質的な廃止」「教科と授業時数の増加」・・・しかし、「学校はサービス業」という意識の変化は仕事を際限なく増やす可能性があるという意味で致命的です。
「給特法」が昭和の教育が遺した大きな負の財産であるならば、「学校評価」は平成の教育が遺した大きな負の財産と言えるでしょう。恐ろしいのは、学校評価をやめたとしても、意識が元に戻ることはそう簡単ではないということです。

では、どうすればいいのでしょう?それはまた令和になってから【提言】【具体策】で示したいと思います。

 

《5月2日追記》ツイッター等でご意見をいただいています。教職員の方からはおおむねご賛同をいただいているのですが、保護者の方からは「的はずれ」「違和感を感じる」「顧客意識はない」とご意見をいただくことが多いです。確かに読み直すとあたかもすべての保護者の顧客意識が高まったような表記になっています。確かに、学校に様々な要求をしてこられるのは一部の方々ですし、私もすべての保護者の意識が変わったとは思っていませんので、ご了承ください。

《5月2日追記2》画像を変更しました。

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